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たにき 30

 
 

この写真は、「DUH」の音が完成した時。
 
 

このたにき、めちゃくちゃ長いので無理せず。

晴れ。

一年半ぶりのたにき。前回が2022年11月の更新。おい、2023年どこ行った。本当びっくりしてる。前回の更新以降も下書きのたにきはいくつもあって、頭の片隅の片隅の片隅の角の半分の半分くらいは、たにき…とは思っていた。分かっている、読んでもらわなければ無いものと同じだという事。因みにこのタイミングでたにきを書く事は、特別なことがあったからではない事は伝えておきたい。ただ書こうと思っただけ。それだけ。サタPを見習え。(マネージャーのサタPがツアーブログを更新してくれています)
結局、長く学校を休んだ後行きづらい感じのやつ。が、このどうでもいいたにきのくせにちょっと出てきてしまって、更新するのに時間がかかってしまった。誰のせいでも、たにきのせいでもない。
 
 

さて、お久しぶりのたにきなわけですが、初めましての方もいらっしゃるかも知れませんね。
たにきとは、Bray meのボーカルである私、こたにが記しておこうと思った時に書く文です。
もしも、このたにきが、君にとって、プラス以外の何かが働くならば、すぐに閉じてね。今すぐにだ!それだけは絶対に嫌だから!
 
 

『ここに書いてある事が全てじゃなくて、私達の音楽が全て。私は文字を打つ人じゃなくて、うたう人。
ここで10000000000000000文字打ったとしても、曲の中の一文には敵わない。
とは言えども、どんな人間なのかって少~しだけ分かるとも思う。
前にも書いたけど、スラダンに出てくる「要チェックや!」の人くらいの立ち位置で呼んでくれたらいい。』
 

と、前のたにきに書いてあった。そう。まさにそんな感じ。
そして、前文からこの文を書くまでに、3時間以上の時間が空いてる。なぜなら、驚くべきことに前のたにき全てを読み返していたから。(アメブロの時のやつも)(なんなら、たにきになる前のやつも)(こわ)
そしたら、すごかった。
幾つか抜粋して載せておく。下にある数字は書いた年と月。()の中は、今の私からのコメント。
 
 

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このたにきってのは多分一番私に近い気がする。
前よりも少しだけ雑な生き方をしている私には、こうやって何かを書く事はちょうどいいのかも知れない。
2019.3(はい、耳が痛いです。文だから、目か。2024年は頑張らない程度に更新します。)

選ばれし勇者は私の知らない世界だ。
昔、書いたうたの中に、
「 選ばれし勇者のような
はじめから決まっていたかのような
誰かの作ったレールのようなものはないけど
知らないものは怖いくせに
それでも心が向く方向が
誰でもないこの足の進むべき方さ」
なんて歌詞があった、まだ完成していない曲。
2018.8(それについてはまだ書けてないよ。)

ブレを好きだと言ってくれる人がかっこいいよ。
前のが良かったとか、なんかいろいろあるかも。
私は生きているから更新していきたい
2018.4(激しく同意)

こんな景色を見せてくれてありがとう
とか言ってたら、ぶん殴って下さい。けちょんけちょんのめっためたにしてやって。
2018.2(未だ、一度も思っていません。)

足が震える事なんて、涙が止まらない事なんて、悔しくてまじファックな事なんて、胃がキリキリする事なんて、怖くて怖くて逃げ出したい事なんて、たくさんたくさんたくさんありました。それでもなんでやめられないもんですかね。やめることはいつでもできるのにね。側から見たらやめるタイミングなんてたくさんあったと思うけど、私の中にはなかった。
寝てたのかな?
2017.12(ナイス!メンタル!)

夢はケータリングです!それだけでも覚えて帰って下さい!
2017.8(皮肉的ですが、素敵です。ケータリングは毎回では無いけど時々、数回は経験させていただきました。用意してくれた方にマジ感謝です。)

贅沢は苦手ですわー、とか言う、贅沢
2017.3(いいこと言うね)

12月最後の週。年末ムード。仕事納め。忘年会。忘れたいことなんて実はない
2015.12(それな)

そろそろキリンになりてえええええええええ
2013.10(なれないと思う)

何度も言ってるけど、そいつはあなたのものです。
Bray meの音楽が、ずっとは続かないあなたのほんの一瞬でも、側にいさせてもらえたら。って思います。
いつも側にいますので、宜しくオネシャス!
2013.9(11年後もそう思ってる。お前の夢だったフルアルバムをやっと出したよ。)

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以上、たにき振り返り。
今まで、『振り返る』ってことを、曲を作る作業以外であまりしてこなかった気がする。基本的に過ぎた事は過ぎた事だから。でも、いろんなことが重なって多分今やっとくべきだなぁと思った。
よくわからない文でも、たまにでも、記しておいて良かったとちょっと思う。分かりやすい日の目を浴びずとも、ずっと音楽聴いて、ずっと練習して、ずっと考えて、ずっと曲作って、ずっとライブやって、ずっとバンドして、ずっとやりたいことやってきたんだなぁと。変わらないこと、変わったこと、大きくなったこと、小さくても絶対消えないこと、それぞれある。思い出した事、置いてきた事、刻んだ事、いろんなことがある。そんなことを今思ってる。そして、久しぶりの更新を以上のたにきの振り返りで終わろうとしている自分が怖い。

 
 

記していくか〜。
そう。ここからが現在。そうやってバンドをやってきたから、今年の1月24日にBray me 1st Full Album「DUH」をリリースした。制作期間=人生って感じ。それくらい私たちBray meの全て。いろんなことがあった。だから、いろんな14曲が入ってる。14曲が詰まった私達のフルアルバムの歌詞カードは、中学時代、真ん中で破れるくらい見ていたあのフルアルバムの歌詞カードと同じくらい重たかった。素晴らしい作品ができたと思う。それを持って、1月28日からツアーに行った。全部で14本。一本一本、間違いなく、紛れもなく、同じ時を生きる証の上で鳴った音楽だった。最高からの奇跡からの尊い。無事に行ってくることができた。ここで「DUH」の収録曲とツアーに焦点を当てると、多分一生更新できないのでやめておく。聴いてくれた人に、来てくれた人に任せます。まだ「DUH」を持っていないならまず聴ける曲を聴いて、是非「DUH」を手にして欲しいし、今回ツアーに行けなかった人は、いつか目の前でうたえる日を楽しみにしてほしい。(曲解説的なものはSNSに載ってるので、機会があれば見てみてね。あくまで一意見として。)
 
 

「DUH」のジャケはBray meのメンバー。今までにないもの。
マリオ(木下マリ)がとてもいい写真を撮ってくれた。しかもたくさん。おかげ様で、どれをジャケにするかまじ悩んだ。なので、アナザージャケットにした。(いわゆる特典と呼ばれるものですね)
 
 

曲づくり、レコーディング、曲タイトル、アルバムタイトル、収録曲、曲順、曲間、歌詞カード、ジャケ、DVD、特典、その他諸々、ワクワクしながら、時々白目をむいて、たくさん悩んで、確認して、忘れちゃって、間違っちゃって、直して、相談して、出来上がった。Bray meが存在しなければ、NottDagrが存在しなければ、「DUH」は存在しない。そして「DUH」をリリースした理由は、大袈裟ではなく届いた君がいたから。そうやって、0から、何もないところから、一つ一つ出来上がっていった。
あ、初めてのフルアルバムをセルフタイトル(Bray me)にしなかった理由は、この先に期待したから。

 
 

ツアーファイナルについて、ほんのり少しだけ記しておこうと思う。
 
 

2024年4月19日。渋谷クアトロ。13本のツアーをまわってきて14本目のライブ。「DUH」を見せびらかす旅の最終日。
前回のクアトロはコロナ禍真っ最中。今回のクアトロは風が強い日だったね。
来てくれた人、本当にありがとう。
そこにいた人が、そこで鳴る音楽のために、チケット代を払って、来る。それだけ。
一人でも、誰かとでも。初めてでも、久しぶりでも、いつもでも。近くから、遠くから来てくれた人もいる。ツアーのあの場所に来てくれた人もいる。
学校終わり、予定終わり、仕事おわり、スーツの人、この日の為に休みを確保してくれた人(午後休とか時間休とかシフトとか家事育児等々も)、サボってきちゃった☆系の人、この日に久しぶりに外に出た人、
間違いなくもれなく、Bray meの音楽が届いた人で、紛れもなく、あの日同じ場所で生きていた。その中で鳴っていた音楽でした。
お決まりのことは特にない。お腹の音が気になってしまうような、古より伝わるあの授業中の空気感みたいなのが私は苦手。だから、なるべく肩の力を抜いてそこにいてほしい。(楽しみすぎて緊張する〜はあるよね)(ガチガチのままの心や、腕を組んでいたとしても、その辺も気にせずいてほしい)君が感じたように聴いてくれればいいし、流れる涙はそのままでいいし、サビじゃなくてもクゥ〜ってなったらなんかしてもしなくてもいいし、楽しみたいやつは楽しんでくれりゃいい。初めてで分からないなら、メンバーや周りの人を参考にすればいいししなくてもいい。まぁ、こんな感じで私は「ライブに対して」思ってる。こういうことはきっと自分の考えと反する時や?が出た時に思うことが多いと思う。この日は全く思わなかった。とっても息がしやすかった。最高だな。ヲイ。
当日の映像をみたけど、これまた最高でした。フロアにいた一人につき一台カメラ欲しいレベルの尊さ。
君の名前も悩みも知らんけど、Bray meの音楽が向かう先にいてくれてありがとう。
 

前回のクアトロでは生まれていなかった曲がほとんどで、前回のクアトロでやった曲もあったり、初めて人前で鳴らす曲もあったり。時間が進んで、自分たちも進んでいるんだなぁと実感した。

いろんな色のDUH Tシャツもまた良し。他のTシャツも良し。黄色いリストバンドも良し。キャップも良し。いろんな色のタオルも良し。ペンギンタオルが居たのはビビった。こっそりつけてるナニガシも良し。全部、良し。バンドのグッズってさ、身につけられるものとして、この日だけじゃくて、日常の少しのパワーアップに繋がったら、それもまた良し。

新しい衣装は、CSF(CONNERS SEWING FACTORY)が作ってくれた。一つ一つ、人の手で作られたもの。私のは、上下とも、第二次世界大戦の1942~46年に製造されたモデルの「大戦モデル」と呼ばれるものらしい。デニムについて、知識があるわけじゃないから細かくは書けないけど、その当時の環境や生活、いろんなものが詰まってこの形になってる。そういう歴史があるんだと思う。音楽や楽器、文化とかと同じ類だと思ってる。素敵やん…。滋賀のお店に遊びに行かせてもらった時、「大戦モデル」を提案してくれて、速攻これがいいと決めた。メンバーそれぞれ違う形になってるから、みてみてね。
Gジャンを着ることについて色々言われた事もあった。”音楽業界の方々”に。もうそういうのはどうしてもあるみたい。マッパで出たところで、それさえそういう見られ方をするんだろ。どうせ。ウケる。
お気に入りの衣装。
私にとって、一生モンってやつ。綺麗に守るように着るんじゃなくて、一緒にボロボロになったり一緒にシワを増やしたりしていきたい。
お披露目がこの日ってのもまたいい。
Bray me×CSFのコラボグッズとして、ポーチもつくってもらった。手にした方は、是非、たくさん使って育てていってくれたら喜び。
デニムフラッグもいただいた。ハンパねぇ。
CSFに感謝です、ありがとうございます。そして、ワクワクを突き詰めた先にもやっぱりワクワクなんだとCSFと出会えて思えた。素敵やん…。

14本の初めてのフルアルバムのツアーが終わった。
いつだって、アンリとさっことありさとステージに上がる。
私達の音楽を信じてくれてるNottDagr。いい時ばかりじゃない。そんな時でも、時には助けてくれるし、隣見たらお前も白目だったんかーいってくらい一緒に走ってくれてる。諸々、当たり前じゃないと毎回思い続けよう。そして、自分のやるべきことをやる。
「DUH」の制作に力を貸してくれた人、そして何より、「DUH」を迎えてくれた人。
リリースツアーに出てくれたバンド、出ようとしてくれたバンド、ライブハウス、力を貸してくれた人、一緒にライブを作ってくれた人、
関わってくれた人、そして何より、きてくれた人、
ガチで感謝。ありがとう。おつかれ。

「DUH」、ここに降臨してくれて、ありがとう。

「DUH」(コイツ以外も)が出たら、感想を書いてくれたり、一緒に広めてくれたり、生活の中で聴いてくれたり、そばに置いてくれたり。
ツアーの各地に行く時、その土地にいる知り合いにおすすめしてくれたり、
一緒にブレカウントダウンをしてくれたり、
ファイナルに向けて、ワクワクしてくれたりドキドキしてくれたり、
いいね(?)してくれたり、コメントくれたり。
他にもたくさんたくさんたくさん。
一緒に広めてくれたことが嬉しかった。それがなかったら、出会えない人も絶対にいた。
どんなに小さな些細なことでも、一つ一つに感謝してる。例え私が知らないことであっても。改めてこの場で伝えたい。ありがとう。
よかったら、これからも一緒に広めてほしい。私たちの力だけじゃ到底無理やねん…. 。よろしくお願いします。

どんなに素晴らしい音楽を作っても、聴いてもらわなきゃないのと同じ。
やっとやっとできた「DUH」だって、聴いてくれる人が居なかったら、私たちから離れず、行く場所もなかった。
私たちの音楽が向かう先にいてくれてありがとう。(それに尽きるな〜)

「DUH」は、例え君が忘れようともその辺にウロウロしてるので、これからもよろしく!
 
 

そしてそして。
まさかの新曲「ツバメ」と一緒に、ワンモアダーツアーに出かけます。いろんな場所に人に必死に届けに行く。誰かじゃなく、お前にな!!!!
今から予定をどうにかしてください。はい、すぐ。今。つまりは夏が始まりますな。
もちろん今回も行けないところもある。それについてはなるべく早く行けるように頑張るから、君もBray meがその土地へ行けるようにまじで頑張ってほしい。頼むで。まじ。
 

ツバメってめっちゃ海渡るんだって。疲れたからちょっとあそこの木で休憩〜とか出来ないらしいよ。だって、海の上だから。知ってた?こたに幼少期は「わ〜、ツバメだ〜巣がある〜」くらいにしか思ってなかった。とんでもない距離を必死に越えて来た命だと知って衝撃を受けたのは、小学校の高学年くらいだったと思う。(なんか図鑑で見た)各地、各文化、ツバメに対していろんな意味や象徴や話があるらしい。そんなこんなで、昔からなんか気になる鳥(対象)ではあった。それをやっと曲にした。ツバメに対してずっと書こうと思っていたわけじゃなくて。ふと、自分の好きなものってなんだったっけ?昔は何に興味があったんだっけ?どんなことにワクワクしていたっけ?何に腹を抱えて笑っていたっけ?(小粋なステップ見事なターン)とか、そういう思い出し期間があって、辿っていったら、ツバメが出てきた感じ。書いたことは、本当にシンプルで、私には強く映る曲だと今は思っている。
「ツバメ」はどうしてもこの時期に出したかった。そして、クアトロで鳴らしたかった。これについてはファイナルで話した理由と広い場所が似合う曲だと思ったから。スルメバンドと言われまくった結果、スルメ中のスルメ曲をリリースした。この「ツバメ」で書いたようなことが、私の隣で、私の歩く道の上で、起こってる。それは、鳥や海に限らず、何かが生きるということにおいて。そう言う曲。私もこの曲にケツを叩かれまくって生きてる。MVもあるので見てね。コメントもよろしく。
そんな曲を持って、ツアー第二弾へ参ります。
 
 

君にとって、Bray meは出会ったことのないバンド(存在、音楽)だと思う。
せっかく出会えたんだ。大事にしてやってくれ。君自身もBray meの音楽も。そういうことができる存在になれたら嬉しい。

 
 

ここからは最近思っていること、思ったことを書いておく。

【イエスタデイの話】
ずっと、このバンドが終わったら死ぬって本気で思ってた。でも、バンドを辞めても幸せはあるんだろうなってやっと分かった。(本当に周りの人にめちゃくちゃ恵まれてると思うから、そう思えるようになったんだと思う)
私にとってそれは、とてもとても本当に本当に苦しいことだった。もう涙が止まらない位には。本当に苦しかった。
誰かが私に向けて言った、「バンドが売れなくても幸せになってほしい。」って言葉が、どこかでずっとひっかかっていた。もちろん、言われた時も即答で「私の幸せはBray meで売れることですから〜」とは言っていたし、そう思っていた。
でも、今の自分と向き合って今一度考えた。惰性でもなく、これしか見えないからでもなく、ちゃんと選び続けているのだと分かった。
やっと、引っかかっていた言葉に「その気持ちはサンキュー!でも、私の幸せは私が決めるので!」って、どんぶらこ〜って流せた気がする。結局、今の私の一番の幸せはBray meでうたうことで、届くべき人に届ける事なんだってわかった。わかっていたけど、ずっとそう思い続けてきたけど、また新しい形になった気がする。いろんなものがある中で、今も私はこれを選んでる。サンキュー、イエスタデイ!
 
 

【SEEKERの一部】
どの目にどう映ってるのか知らんけども、自分で言うのも悔しいけど、Bray meは売れてるバンドではない。今回のBray me 1st Full Album「DUH」リリースツアーは、どこの会場もSOLDOUTになっていない。SOLDOUTにしたいわけでも、SOLDOUTが欲しいわけじゃない。(売り切れでいいじゃんね)ただ、目指す場所へ行くには必要なことでもあるんだと知った。悔しいものは悔しい。(それでもTHANK YOU SOLD OUTは一生言いたくない。)そういう類の気持ちからSEEKERを書いた。
「売れた」と映ったものが、私達と君との間でマイナスに働くのならば、それは売れていないよと伝えておきたい。正確に言えば、語弊を恐れず書くならば、私達の目指すところまで行っていない。まだまだ、私たちはこんなもんじゃない。と、思っている。「売れた」と映ったものが、私達と君との間でプラスに働くならば、存分に思っていただきたい。そして、その先をよろしく頼みたい。このバンドが売れていない時から知ってたんだぜって。
頼むから、いい時や解散した時ばっか、いいバンドだと思ったんだよねーとか言わないでいただきたい(いつぞやのたにき参照)

 
 

【本当にあった悔しい話】
順調にいってそうな時には人が増える。だから私は信じるものは多くない。
インフルエンサー力が何より必要なのかと映ってしまう時もある。影響力って言葉に置き換えたらやっぱり納得してしまう。ちょっと考えてみれば、確かにそれは一理あって、むしろそれでしかないのかとも思う。例え、バンドであろうとも。音楽は関係ないんだと。それは、当たり前だし全くマイナスなことではない。
ずっと思っていたことでもある。結局数だとも思う。そうだと思う。正直に言えばした事もされた事もある。
だから、改めて、真っ直ぐいようと思う。私は、バンドマンだから。私が好きになったバンドだから。私のよくいう「純度」(シンデレラストーリー参照)だから。
外から見た「数」を持った時、綺麗に手のひらが返る事は自然だと思う。
周りから見た「数」が私にとっては別物で、一つ一つ大事なものってわかってたらそれでいい。お前と私がわかってたらそれがいい。
ちょっと前に、とある場面で、Bray meの曲が”選ばれない”現象が起きた。そういう場面に直面した。売れていない私が曲の足を引っ張った。少しだけ、曲に全てを背負わせ過ぎてしまったと思う。でも、曲が全てでもあるのも事実で、私にとって大事なことだ。
バランスは難しいけど、私を無くさずに曲に相応しい自分でいたい、なりたい。
あ、フェス(?)一個も誘われてないです。
 
 

【現状こたに的な生き方の話】
ここまでいろんなことをやってきた。やってみてわかったことは、やめること、継続すること、少し方法を変えること、まだ成果の出ないもの、いろんなことがある。そして、いくつか、惰性のままやりっぱなしになっていた感情がある。最近やっと回収できた気がする。積み重ねた結果、今、出来上がったものがある。一旦、この泥団子(出来上がったもの)をピカピカになるまで磨いてみようと思う。その先で、自分が必要だと感じたら、ぶっ壊せる勇気もちゃんと持っていよう、うん、そこんとこ忘れずに。

 
 

【ほざき①】
音楽とバンドと応援と夢と共感と未来とロック。違和感やゴチャゴチャする時は切り離して考える。
いろんな届け方をしてる。
前にも書いたけど、いろんな発信をして、届ける事をしていく。うざいくらいしていく。いろんなやり方をしてみる。4人で鳴らすから、不安にならずにそこにいて欲しい。
いつもそばに置いておいてくれる奴は、マジでありがとう。これからもよろしく。
知ってた奴は思い出して欲しいし、知らない奴は知って欲しい。だから、頑張る。
曲だけでいいなら、それだけ聴いてくれりゃいい。音楽だけを聴いてほしい。
未来を望むならば、Bray meの新曲聴きたいとか、ここでライブやってほしいとか、どこどこにきてほしいとか、思うならば、少しだけでもいい、力を貸してほしい。一緒に未来を作ってくれ。推したいやつは全力で推してくれ。
 
 

【ほざき②〜④】

最近、バンドを始めた時のようなことを思ってる。それは、始めた時から思い続けてることとは違って…なかなか説明が難しいな…
例えば、バンドを始めた頃に作った気持ちや覚悟の旗があったとして。それをずっと掲げて旅を続けてきた。初めの頃は、綺麗なままで汚れひとつなかった。いろんな場所へ行って、いろんな日があって、いろんな天気があって、いろんな季節があった。大事な旗だから、守った日もあったし、雨や攻撃から守ってくれた日もあった。ここまでくる道の中でボロボロになった。変わらず同じものを持ってるけど、始めと比べたら、随分変わり果てた姿になった。もう、これだけ一緒に旅をして来たから、私の中にその旗がある感覚。私の一部になった。だから、その旗はここに立てて、その続きの新しい旗を作った気分。あ、これについては、NottDagrの話じゃなくて(旗だとややこしいな)、Bray meの話じゃなくて、私の話。もっと言えば、私の心の話。

 
 


もっと早く出会いたかったという言葉や気持ちに関しては、いやいや互いに生きてる間に見つけてくれてありがとうばかやろーこのやろーって感じ。まぁ、その人にとってそれほどのバンドになれたことは嬉しい。ちゃんと曲が残ってるし、Bray meも存在してる。好きなだけ曲を聴いて、ライブに来てほしい。
 
 


派手なものや分かりやすいものには目が行きやすい。いっそ白飯みたいなバンドになりてぇ…

 
 

【藪系】

DUHのレコーディング中、サタPと藪系の話をしてなんだかしっくりきた。
Bray meは、自分たちにしか見えない目指す山を目掛けて、道がない藪の中を不器用にひたすらに進んでるようなバンドだと思う。(自分達からしたら、ただただ目指してるだけなんだけど)周りからしたら、道がある方へ行くのが正解だし、どうなってるかわかる方面に行くのが正解だし、そもそも目指してる山なんてなくね?って感じだと思う。心ない言葉もあったし、馬鹿にされることもあった。昔は、藪の中すぎたし、自分たちの力だけで進んでた気もするから、藪が風で揺れただけくらいのザワ、、、くらいしかなかったのかも。でも、今は、藪の中でたまたま出会ったチームがあって、大きな声を出したら、気付いてくれた人もいる。そして何より、届いた人が一緒にザワザワザワザワしてるおかげで(昔からも最近からも)、あれ?なんかあそこにある?みたいな感じになってる気がする。現在。
そして、3年前のサタPはBray meの印象をジャンヌダルクと言っていた。
最初からオリジナルで行こう!私たちにしかできないことをやろう!とかそう言ったことはなく、4人がワクワクするもの、かっこいいと思うもの、目指す場所、行ってみたい場所、食べてみたいもの、やりたい音楽(FGMTGN)、信じた音楽をやってたら、気付いたらなんかすげー藪の中に居た。
これは、私一人じゃできないこと。アンリとさっことありさがいるからできること。できたこと。
4人じゃできないこと。NottDagrがあるからできること。
NottDagrだけじゃ意味のないこと。届いた君がいるからできること。できたこと。

思い続けることができたこと。まだまだだって、教えてくれたこと。

いよいよここまで自ら書いてやる。たにきだし。記しだし。

藪の漢字、初めて知った。
 
 

【私の夢】
アンリとさっことありさと最高な音楽を作って、NottDagrで、届くべき人のところまで届けること。

 
 
【まとめ】
分かりやすい日の目を浴びずとも、信じ続けることができたのは、どんな無理ゲーでもまじ草って感じでケタケタ笑いながら一緒に音楽を鳴らせるメンバーがいて、ちょっと弱気になったら、バカ言ってんじゃないよって言ってくれるチームがあって、そして、届いた君が居たからです。君が見つけてくれた。感謝。これからもよろしく。
 
 

【新しいまとめ】
なんかいろいろ書きましたけども、私の思うバンドの根底は、
ドラムがドン、ベースがブーン、ギターがジャーン、唄がイェーってなったら、ぐわーうおーやべーくぅーってなるモンだと思ってます。
 
 

結局同じような事を書いてる気もするけど、違う時に思ったから、記しておきたい。
このたにきを書き始めたのは、約2週間前。そこから毎日コツコツと文字を並べてきた。もう来年まで書かなくてもいいかなとか思ってる。それは、ダメ。絶対。

よくぞここまで読みました。ご苦労さんでした。
また次回、小粋なステップ見事なターンでお送り出来たらと思います。